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おどるびじんぞう

踊る美人像

野村 胡堂

「文芸倶楽部」1930(昭和5)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,460 字 · 31 页

青空文庫

明る日――というと今日です、何時も十時頃に起きる糸子が十一時過ぎても顔を見せなかったので、廊下を隔てた女中部屋に居る、女中のお直が先ず心配し出しました。

十二時には帝都劇場から電話が掛かって来まして、初日の打合せがあるから、二時前には楽屋入をして貰い度いというのです。お直はそれを取次ごうとしましたが、何うしても扉は開きません。ノックしても駄目、大きい声で呼んでも駄目。仕方がないので、門番を呼んで来て、代りの鍵で扉を開けてもらったのです。

女中のお直は鍵を持って居なかったばかりでなく、糸子の持って居た鍵も、扉の鍵穴へ内から差込んだままになって居りました。扉は当然糸子の手で内から閉め切ったままと見なければなりません。門番の代鍵は手提金庫に入れて、子の無い門番夫婦の間へ置いて川の字なりに寝る位ですから、盗み出して元へ返すことなどは思いもよりません。

ところで、扉を開けた門番の爺と女中のお直は、たった一ぺんで腰を抜かしてしまいました。主人の柳糸子は、昨夜のまま、派手な友禅縮緬を着たまま、卓子の上へ俯向になって死んで居たのです。背後からは恐ろしい血潮が吹き出して、黄と銀とで大柄な模様を出した帯の上に溜り、その先は床に流れて贅沢な絨毯に恐ろしい汚点を作って居ります。