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かるいざわにて
軽井沢にて
正宗 白鳥
「旅人の心」1942(昭和17)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,560 字 · 13 页
はじめから、この世に恐ろしいものはない筈なのだ。それ等の尼達は、実際は危険な老女ではあるまいが、たとい、彼等が野蛮な怪物であったにしても、何も恐ろしいことはないので、元来、彼女の第一の願いは、死ぬることではなかったか。……そう思いながら、彼女はやはり震えていた。……首釣りには丁度誂え向きの木が河向うにあったので、或自殺希望者はその木を利用して望みを果そうと企てたのだが、その木へ近づくためには、朽ちた丸木橋を渡って行かなければならないのが怖かった。それと同様に、死を望んでいる浮舟でも、自分の眼前の世間が恐ろしかった。
この丘上の家で、労働に馴れない手足を使役して、よちよちと雑務をやっている一人の同居者は、普通の体質を有った中年の男性であるが、死ぬるのは何でもないことのように思っているらしい。行詰ったら何時でも死んで、自分の一生の解決をするらしく傍目に見られている。昂奮もせず、むしろ朗らかな態度で死を語っている。「なに、口先ばかりでそんなことを云って一種の享楽をしているのだろう」と、人世の経験者に嘲られそうであるが、その実この男は、綺麗さっぱりと嚢中を費いはたして一文無しになった時に、――辛うじて催眠剤の一箱を購い得られるだけの金が余っていた時に、ついに時機来れりと感じて、産を傾けて、人生解決の資料たるカルモチン