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かるいざわにて
軽井沢にて
正宗 白鳥
「旅人の心」1942(昭和17)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,560 字 · 13 页
彼女は薫に随いてなら世界の果てまで行ってもいい心構えをしていた」と、翻訳者ウェレーは云っている。どうせ世の中はままならぬものだらけだが、及ばぬ恋でも空想の中では、どんなにでも楽しんでいられる。源氏の巻々は「満紙荒唐言」であり白昼夢の物語の連続なりと雖も、人間の心の中に分け入ったら、充足りない薄汚い現実の世界よりも、こういう白昼夢の美しい世界をひそかに渇望しているのではあるまいか。
たとえば、「この世のものとは思われない」美女は浮舟の姿となって現われている。さまざまな男子に思いを掛けられた彼女が、むしろそれを煩さがって、入水を企てたり、尼となって世を避けたりするのは、人間として贅沢な沙汰であるが、そういう贅沢を享楽し得られる女性が、浮世に幾人あることやら。
若き彼女は、横川の老僧に向って述懐している。「あたくし、死ぬつもりで御座いました。このお家の皆様は、深切にして下さいますけれど、それでも、あたくしは、死切れないで生返ったことが大変残念に思われます。人生に執着を持ってはいないので御座いますから、今のうちにあなたのお助けを借りて尼になりたいのです。