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きんせいかいじんでん

近世快人伝

夢野 久作

「新青年」1935(昭和10)年4月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,469 字 · 157 页

青空文庫

こんな事ではドウにもならんから、破獄を諦らめよう。一思いに奈良原さんの前に出て行って斬られた方がええ……という事に相談がきまると、不思議にも急に腰がシャンとなって、身内が温まって、勇気が出て来た。吾後れじと石垣を匐登って来た……という話であった。これなぞは囚人特有の一種の英雄崇拝主義の極端なあらわれの一つに相違ないので、奈良原到の異常な性格を端的に反映した好逸話でなければならぬ。

「その頃の囚人の気合は今と違うておったように思うなあ」

と嘗て奈良原翁は酒を飲み飲み筆者に述懐した。

「ワシは長巻直しの古刀を一本持っておった。二尺チョッと位と思われる長さのもので、典獄時代から洋剣に仕込んでおったが良う切れたなあ。腕でも太股でも手ごたえが変らん位で、首を切るとチャプリンと奇妙な音がして血がピューと噴水のように吹出しながらたおれる。ああ斬れた……と思う位で水も溜まらぬというが全くその通りであった。その癖刀身は非常に柔らかくて鉛か飴のような感がした。台湾の激戦の最中に生蕃の持っている棒なぞを斬ると帰って来てから鞘に納まらん事があったが、それでも一晩、床の間に釣り下げておくと翌る朝は自然と真直になっておった。