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きんせいかいじんでん

近世快人伝

夢野 久作

「新青年」1935(昭和10)年4月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,469 字 · 157 页

青空文庫

「あります……馬太伝と約翰伝の初めの方ぐらいのものです」

「わしは全部、数十回読んだのう。今の若い者は皆、聖書を読むがええ。あれ位、面白い本はない」

「第一高等学校では百人居る中で恋愛小説を読む者が五十人、聖書を読む者が五人、仏教の本を読む者が二人、論語を読む者が一人居ればいい方だそうです」

「恋愛小説を読む奴は直ぐに実行するじゃろう。ところが聖書を読む奴で断食をする奴は一匹も居るまい」

「アハハ。それあそうです。ナカナカ貴方は通人ですなあ」

「ワシは通人じゃない。頭山や杉山はワシよりも遥かに通人じゃ。恋愛小説なぞいうものは見向きもせぬのに読んだ奴等が足下にも及ばぬ大通人じゃよ」

「アハハ。これあ驚いた」

「キリストは豪い奴じゃのう。あの腐敗、堕落したユダヤ人の中で、あれだけの思い切った事をズバリズバリ云いよったところが豪い。人触るれば人を斬り、馬触るれば馬を斬るじゃ、日本に生れても高山彦九郎ぐらいのネウチはある男じゃ」

「イエス様と彦九郎を一所にしちゃ耶蘇教信者が憤りやしませんか」

「ナアニ。ソレ位のところじゃよ。彦九郎ぐらいの気概を持った奴が、猶太のような下等な国に生れれば基督以上に高潔な修業が出来るかも知れん。