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かいことてんぼう

近世数学史談

高木 貞治

高木貞治『近世数学史談』。同一底本的分册已合并为一书。收入:回顧と展望、ヒルベルト訪問記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,981 字 · 25 页

青空文庫

,ストラスブルグの会議は,戦争の直後,連合国とドイツ側と分離した時代で,それはどうもそういう整数論の話などを持出すには最も不適当な所であった.類体論などに理解を持った人は僕の知っている所では二三人位で,先ずフューター,あれはスイス人だから来ていた.それからフランスではシャトレという人,その外ではアダマール,彼は問題を理解する.興味を有つか,有たんかは知らんが,問題を理解する人である.まあ当てになるのは,こんな連中だけであった.なんでもあの時,レセプションの晩に,私の近くで,「あの日本人が整数論の話をするというではないか.多分フェルマーをやるんだろう.こいつは面白いぞ」などと私語するのが聞えて,私は苦笑した.会議では15分位の講演をしたけれども,無論,反響も何もありはしない.

それから会議が済んで暫くして1921年にドイツへ行って,ハンブルヒ大学へも行った.その頃ハンブルヒはヘッケとブラッシュケの二人であった.私の論文も着いていて,一人女の助手がそれを読んでいるのを見たのであるが,とにかく類体論を一番早く読んだのはハンブルヒだったろうと思う.

ヒルベルトが類体論を読んだか,読まなかったかハッキリしない.ヒルベルトは,1898年位から,例の報文を書いた直後から,整数論とは離れていたのである.1932年頃,ヒルベルト