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ついおくのとうや
追憶の冬夜
寺田 寅彦
「短歌研究 第三巻第十二号」1934(昭和9)年12月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,522 字 · 9 页
石油ランプはまた明治時代の象徴のような気もする。少なくも明治文化の半分はこの照明の下に発達したものであろう。冬の夕まぐれの茶の間の板縁で古新聞を引破ってのホヤ掃除をした経験をもたない現代青年が、明治文学に興味の薄いのは当然かもしれない。ホヤの中にほうっと呼気を吹き込んでおいて棒きれの先に丸めた新聞紙できゅうきゅうと音をさせて拭くのであった。
その頃では神棚の燈明を点すのにマッチは汚れがあるというのでわざわざ燧で火を切り出し、先ずホクチに点火しておいてさらに附け木を燃やしその焔を燈心に移すのであった。燧の鉄と石の触れあう音、迸る火花、ホクチの燃えるかすかな囁き、附け木の燃えつくときの蒼白な焔の色と亜硫酸の臭気、こうした感覚のコムプレッキスには祖先幾百年の夢と詩が結び付いていたような気がする。
マッチのことは「スリツケ」と云った。「摺り附け木」の略称である。高等小学校の理科の時間にTK先生という先生が坩堝の底に入れた塩酸カリの粉に赤燐をちょっぴり振りかけたのを鞭の先でちょっとつつくとぱっと発火するという実験をやって見せてくれたことを思い出す。そのとき先生自身がひどく吃驚した顔を今でもはっきり想い出すことが出来る。