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ついおくのいしたち
追憶の医師達
寺田 寅彦
「実験治療 第一五六号」1935(昭和10)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,362 字 · 5 页
いつかこの若先生のところで顕微鏡を見せてもらって色々のプレパラートをのぞいているうちに一つの不思議な重大なアポカリプスを見せられた。後で考えてみたらそれは人間のスペルマトゾーンの一集団であったのである。それからまた珪藻のプレパラートを見せられ、これの視像の鮮明さで顕微鏡の良否が分かると教えられた。その後二十年たってドイツのエナでツァイスの工場を見学したとき、紫外線顕微鏡でこの同じ珪藻の見事な像を蛍光板の上に示されたとき、この幼い記憶が突然甦って来るのを感じたのであった。
十二、三歳の頃ひどくからだが弱くて両親に心配をかけた。そのためにその頃郷里でただ一人の東京帝国大学卒業医学士であったところの楠先生の御厄介になることになった。この先生はたいていいつも少し茶色がかった背広の洋服に金縁眼鏡で、そうしてまだ若いのに森有礼かリンカーンのような髯を生やしていたような気がする。とにかくそれまでにかかった他の御医者様の概念とはよほどちがった近代的な西洋人風な感じのする国手であった。
父が話し好きであったからたいていの医師は来るとゆっくり腰を据えて話し込んでしまうのであったが、この楠先生もよくお愛想に出した葡萄酒の杯を銜んだりして、耳新しい医学上の新学説などを聞かせてくれたような記憶がある。