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たいほしゅぎしゃ

退歩主義者

坂口 安吾

「月刊読売 夏期臨時増刊号」1949(昭和24)年7月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,703 字 · 20 页

青空文庫

泥棒でも人殺しでも、いつでもできる冷静な心境であった。

★

馬吉は横ッ腹を蹴られて目をさました。相手は道具方の熊さん、この小屋随一の腕ッ節であるから、歯が立たない。

「オイ、よせよ。蹴らなくッたっていいじゃないか。今起きるよ」

「邪魔だから、消えて失せろい」

馬吉は渋々起き上ったが、熊さんはツマミだしかねまじき殺気立った見幕であるから、馬吉は益々物欲しくなるばかりである。

「なア、熊さん。ホーバイのヨシミじゃないか。センベツ包んでくんないか」

「よしやがれ。消えて失せろといったら、分らねえのか」

馬吉はあきらめて歩きだした。どうも仕方がない。どうせ盗むなら、勝手知ったるこの小屋が心易くていいのだが、監視厳重だから、どうにもならない。出口に楽屋番が睨みつけて、早く出て行けという気勢をすさまじく示している。

「なア、オイ。ヨシミじゃないか。いくらか包んでくれねえか、センベツよ。恩にきるよ」

どうせムダとは分っているが、思うことは言ってみる必要がある。楽屋番は返事の代りに裏口の扉をあけて、彼の襟クビをつかんで、突き放した。彼がよろけているうちに、扉がしまった。