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さかだちのおおやけ・わたくし

逆立ちの公・私

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年2・3月合併号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,598 字 · 9 页

青空文庫

そして、習慣的に公的と思われて来た社会活動の面に夥しい私的生活がまぎれ込んで来ている。つまり、今日の日本では、二つのものが、さかさまになっているのではあるまいか。

明治からの日本の文化史をみれば、われら日本の民草というものが、ただの一度もヨーロッパ諸国の市民たちが経過した市民社会の生活経験というものをもっていないことは、明かな事実である。長い長い封建の時代、命さえも自分に属するものではなく、武士は家禄によって領主に生殺与奪の権をもたれていたし、人民百姓は、手討ちという制度の下におかれていた。森鴎外の「阿部一族」の悲劇が、殉死のいきさつをめぐっての武士間の生存闘争であることに、二重の悲劇の意味がふくまれるのである。

最近十数年間、日本人は「滅私」という標語で統一しようとされて来た。近代社会の必然として、いくらかは日本にも生れた合理主義的な傾向、他人の考えが自分の考えと違うからと云ってそれは当り前のことと理解する自由主義の傾向、更に、歴史の進展は抑え難い必然であるとみて、その動因を社会の生産諸関係の推移、その矛盾のうちに見ようとする民主的傾向、それらは、本来において、社会に対する認識の表現であるから、まぎれもなく公的なものであるにかかわらず、「滅すべき私」