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とじょう

途上

谷崎 潤一郎

「改造」1920(大正9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,060 字 · 32 页

青空文庫

「いや、突然こんな所でお呼び止めして失礼だとは存じましたが、わたくしは実はこう云う者で、あなたの友人の渡辺法学士―――あの方の紹介状を戴いて、たった今会社の方へお尋ねしたところでした」

紳士はこう云って二枚の名刺を渡した。湯河はそれを受け取って街燈の明りの下へ出して見た。一枚の方は紛れもなく彼の親友渡辺の名刺である。名刺の上には渡辺の手でこんな文句が認めてある、―――「友人安藤一郎氏を御紹介する右は小生の同県人にて小生とは年来親しくしている人なり君の会社に勤めつつある某社員の身元に就いて調べたい事項があるそうだから御面会の上宜敷御取計いを乞う」―――もう一枚の名刺を見ると、「私立探偵安藤一郎 事務所 日本橋区蠣殻町三丁目四番地 電話浪花五〇一〇番」と記してある。

「ではあなたは、安藤さんとおっしゃるので、―――」

湯河は其処に立って、改めて紳士の様子をじろじろ眺めた。「私立探偵」―――日本には珍しいこの職業が、東京にも五、六軒できたことは知っていたけれど、実際に会うのは今日が始めてである。それにしても日本の私立探偵は西洋のよりも風采が立派なようだ、と、彼は思った。