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とじょう
途上
谷崎 潤一郎
「改造」1920(大正9)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,060 字 · 32 页
その男が最初に択んだのはチブスでした。彼はその目的で、チブス菌のいそうなものを頻りに細君に喰べさせました。『亜米利加人は食事の時に生水を飲む、水をベスト・ドリンクだと云って賞美する』などと称して、細君に生水を飲ませる。刺身を喰わせる。それから、生の牡蠣と心太にはチブス菌が多いことを知って、それを喰わせる。勿論細君にすすめるためには夫自身もそうしなければなりませんでしたが、夫は以前にチブスをやったことがあるので、免疫性になっていたんです。夫のこの計画は、彼の希望通りの結果を齎しはしませんでしたが、殆ど七分通りは成功しかかったのです。と云うのは、細君はチブスにはなりませんでしたけれども、パラチブスにかかりました。そうして一週間も高い熱に苦しめられました。が、パラチブスの死亡は一割内外に過ぎませんから、幸か不幸か心臓の弱い細君は助かりました。夫はその七分通りの成功に勢いを得て、その後も相変らず生物を食べさせることを怠らずにいたので、細君は夏になるとしばしば下痢を起しました。夫はその度毎にハラハラしながら成り行きを見ていましたけれど、生憎にも彼の注文するチブスには容易に罹らなかったのです。