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かさんかマンガンすいのゆめ

過酸化マンガン水の夢

谷崎 潤一郎

「中央公論 七十周年記念十一月特大号(第七十年第十一号)」1955(昭和30)年11月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,458 字 · 25 页

青空文庫

まして今夜は二日つゞけて中華料理や辻留の御馳走をたべたあとなので、それでなくても心臓の負担が過重になっていたせいであろう。予も先刻の呻り声に安眠を破られてからは巧い工合に眠り得ず、寝苦しさを覚えて輾転反側す。予は元来寝つきのよい方にて、夜中に用事のため眼を覚ましても用を済ませば直ぐ又眠ることが出来るのであるが、今夜は矢張御馳走の食い過ぎにて腹が非常に張っている様子なり。ふと心づけば久しく起らなかった脈搏の結滞が起りつゝあり。結滞は三度目に一度ずつ規則的に生じ、その度毎に何処かの動脈がピクリピクリとする。別に苦痛は伴わないが、何か心臓に異状のあることが察せられ餘り気持のよいものではない。そのピクリピクリとする感覚はきまって動脈の何処か知らに、或る時は胸部上方の肩に近いところ、或る時はもっと腋の下の方に寄ったところ、或る時は左の乳の右側もしくは右の乳の左側に感じるのであるが、今夜は胃の真上の鳩尾の辺に感じられる。結滞は過食する時に起り易いからと、かねてより医師の忠告を受けていたのだが、鳩尾の辺にそれが感じられるのは此の二日間の鮎や牡丹鱧や八宝飯や芙蓉魚翅の祟りであること云う迄もなし。