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どうけやく

道化役

豊島 与志雄

「中央公論」1934(昭和9)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,093 字 · 42 页

青空文庫

そして私は自分の洋服姿を気にしながら、私の方へ縋りつくような眼付をあげる彼女をつれて、その辺の安価な牛肉店にはいり、酒をのみ飯をくい、ぐずぐずに時間がたち、今晩は帰らなくともいいなどと云いだした彼女と共に、懐中の紙入の中を胸勘定しながら、公園裏に安価な宿所を求めたのだった。

置床と餉台とで僅かに恰好をつけて、昼間の光で見たら方々に汚点が浮出してそうなその室で、私は酒をのみながら、彼女を珍らしげに眺めた。この頃姉の家の手伝いをしてると云って、私にさわらしたその手は、皮膚がかたくざらざらしていた。あれから幾年になるかしらと云って、胸の中で指折り数えて、この頃あなたのことをよく思い出すわと、乱視めいた眼で昔のような可愛い笑い方をした。この頃酒はたってるんだけどと云いながら、平気で私の相手になっていて、その声は昔よりずっとかすれていた。田舎めいた臙脂の襟元がくずれて、化粧の香りよりも体臭の方が――実状はともかく――目立っていた。そして私も彼女も、淡い一脈の昔の夢の名残だけの親しみに満足して、お互にいろいろ訊ねあおうともせず、口先だけの言葉をかわして、二匹の動物みたいに対座していた。