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どうけやく
道化役
豊島 与志雄
「中央公論」1934(昭和9)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,093 字 · 42 页
――茲で一寸註釈をつければ、ここのところはどうも手記の誇張らしい。信子の耳のことから、その耳を中心に筆が滑っていったもののようである。
千代次というのは、村尾が馴染んでいた芸妓で、初めはロマンチックな気持から深入りしたものらしいが、彼が勤めていた商事会社の社長と関係があるとかないとかで、一時切れがちになって、其後、彼の母の死後、どうしたわけか、どちらからも急に深くなっていった。千代次の方はそれでも、商売気をはなれたところへまで陥りはしなかったが、村尾は自暴自棄かと見えるほどに打ちこんでいって、めちゃくちゃに借金を拵えた。そして面白いことには、彼は千代次の前で表面は、いつ別れてもいいし、またいつ一緒に死んでもいいというふうな、さりげない態度を装いながら、影では、彼女に夢中になって、夜遅くその辺を彷徨して彼女の動静を探ったりした。彼女は誰かにつけ狙われてるような不気味な恐怖を覚え初めたが、或る夜、村尾と気まずい別れ方をして、ほかのお座敷で酔っ払って帰ってくると、自分をつけ狙ってるのが実は村尾であることを見て取り、なお二階から覗いてその姿を物色しているうち、村尾の本当の心情がひしと身にこたえ、のりだして彼の名を呼んでるうちに、酔ってるせいもあって、二階の窓枠が折れて、下へ落ちて死んだ。