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「どうひょう」をかきおえて
「道標」を書き終えて
宮本 百合子
「新日本文学」1951(昭和26)年3月号、「展望」1951(昭和26)年3月号(同時掲載)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,167 字 · 14 页
「道標」は、「伸子」から出発している「二つの庭」の続篇として、一九四七年の秋から『展望』誌上にかきはじめた。第一部、第二部、第三部とずっと『展望』にのせつづけて一九五〇年十月二十五日に、ひとまず三つの部分をおわった。
一つの雑誌が、あしかけ四年かかって、ほぼ三千枚の小説を連載しきったということは、風変りな仕事であった。一部の終るごとに、わたしは弱気になって、編輯者の重荷になりはしまいかと心配したが、編輯の方では、ほかの雑誌ではしない仕事としてやっているのだからかまわないということで、とうとう第三部までのせ終った。第二部をかきはじめるころ、『新日本文学』にのせたいという話が出て、『展望』も新日本文学へならば異存をいうすじもないという考えだったし、わたしももとより異議なかった。しかし、その話は、立ち消えて、やはり同じ誌上につづけられそこで終結した。
第一部は、健康の最もわるい時期から書きはじめた。四七年の夏八月はじめに「二つの庭」を書き終ったとき、血圧が高まり、五年前に夏巣鴨の拘置所のなかでかかった熱射病の後遺症がぶりかえしたようになった。視力が衰えて、口をききにくくなって来た。