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せんきょさつじんじけん

選挙殺人事件

坂口 安吾

「小説新潮 第七巻第八号」1953(昭和28)年6月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,782 字 · 28 页

青空文庫

★

その時のセリフは、メモに曰く、

「ああ無情、ああ……」

三高泣く。また曰く、

「放さないでくれ。ああ無情、ああ……」

三高手足をバタつかせて、もがき、また泣く。と書いてあった。それだけである。

これだけでは、別に曰くがあるとは思われない。彼は速記の心得があるから、言葉のメモは正確の筈なのである。

「どうも、変だな。なんだってジャンバルジャンを読んだのだろう。それと芥川や太宰の小説と、どう関係があるのかな。ポチャ/\夫人は自殺者の小説だと云ったが、ほかのも自殺者の小説なのかな」

メモを見ると、三高曰く、これだけは難解なりと云って示したのが、北村透谷。しらべてみると、これも明治初年に自殺した文士の一人である。自殺文士の元祖ともある。

しかし、ああ無情の著者ビクトルユーゴーは、自殺者ではなかった。百科辞典を見ると、フランスの総理大臣までつとめた政治家であり文豪である。

「これが彼の政治熱の源泉かなア。しかし、先生の選挙演説にビクトルユーゴーもジャンバルジャンも出てきやしなかったな。芥川も太宰もでてこない。文学的な表現はなかった。彼がそれらの本から学んだものは一言といえどもなかったな」