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せんきょさつじんじけん

選挙殺人事件

坂口 安吾

「小説新潮 第七巻第八号」1953(昭和28)年6月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,782 字 · 28 页

青空文庫

どうもしかしフシギだ。泣きながら「ああ無情」と喚いたのは、酔ッ払いの単なるウワゴトとは思われない。ふだん通俗な雑誌しか読まない男が、俄かに「ああ無情」や芥川や太宰を読むのはタダゴトではない。岩波文庫の北村透谷に至っては、新聞記者の寒吉が辛うじて名前を心得ていただけで、彼が自殺者であることすらも知らなかったほどの失われた過去の文士である。なんらかの重大な理由がなくて、三高がそれらの本を取り揃える筈がない。

「これらの東西の文学書に一貫した共通性があるのかなア。それが分ると謎がとけるかも知れないが、ワタクシは文学のことは心得が浅いのでな。そうだ。ひとつ、巨勢博士にきいてみよう」

巨勢博士というのは博士でもなんでもないが、妙テコリンな物識りで、彼と同年輩、まだ三十前の私立タンテイである。二三年前、不連続殺人事件という天下未曾有の怪事件を朝メシ前にスラスラと解決して一躍名をあげたチンピラである。

「あのチンピラ小僧め、案外マグレ当りがあるようだから、ひとつ相談してやろう」

そこで寒吉は幼友達のタンテイ事務所へ駈けつけたのである。

★

巨勢博士は寒吉の話を謹聴し、しきりに質問し、また熱心にメモをしらべた。