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へや
部屋
宮本 百合子
「文芸春秋」1926(大正15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,792 字 · 10 页
登りきった踊場のところで、母親がひょいと振返って下にいる百代を見下した。百代は、思わず瞬きを止め、睨まれるのを予期した。母親は、然し、変によそゆきな顔をしたまま何も見なかったようにすまして廊下を曲ってしまった。
「――どうも失礼致しました。では明後日お待ち致しておりますから」
「左様なら」
「さよなら」
靴音が入り混って敷石へ去るのを待ちかね、百代は玄関へとび出した。
「かあさん、今の、シネマの鈴木でしょう?」
「知ってるの? お前」
「だって、いつも指揮してるんですもの。――何だって? あの西洋人何なの? 家へ来るの?」
「そうですよ」
百代ばかりでなく、両親も幾分亢奮しているらしかった。前後して茶の間へ入ると、父親の為吉は、先ず煙管に煙草をつめ、黙って一服ふかした。
「ね、なあによあの西洋人」
「――今度、シネマへ出る歌うたいだってさ。今まで横浜にいたんだそうだが、神田まで通うのに厄介だから此方へ宿をとりたいんだってさ」
「本当?」
百代は、
「素敵!」
と手を叩いて坐ったまま踊るようにはね上った。
「私知ってるわよ、それなら」
「知ってる筈ないじゃないか、昨日横浜から来たばっかりだってのに」