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へや

部屋

宮本 百合子

「文芸春秋」1926(大正15)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,792 字 · 10 页

青空文庫

「違うわ、読んだのよ、ほら、今度の代り目っから専門家の歌をきかせるって大きく予告してあったじゃあないの」

母親は余り身にしめず、

「そうだっけか」

と答えた。

「そうだっけかって、かあさん、あんなに伊太利声楽の隠れたる天才って書いてあったじゃあないの」

「――ねえ、あなた――」

いねは、百代の方はいい加減にして良人に云った。

「――今度の人は大丈夫なんでしょうね」

「何がよ」

「…………西洋人なんぞ、この商売永年やってても始めてだから――先の奥さんみたいなことでもあった日にゃ全く馬鹿見ちまいますよ」

「ふーん、ありゃちっと粗忽だった。あんな騒ぎんなる迄主義者とは夢にも知らなかったんだから。――今度はよかろう、人もついて来たんだから」

長い脛をとんび足に両親の間に坐りこみ、父親が口を利けば父の方、母が口を利けば母親の方と、一心に話模様を聴いていた百代は、

「ね、ね」

と、のり出した。

「何て名なのよ、その西洋人」

「――ラ――何とか――、鈴木さん何て呼んでましたっけ?」

「ラオロか、ラーヨロか、何でもそこいらだ」

「そうそうラオロだよ、変な名だと思ったけどつい忘れちゃった」

「じゃあ、確にそうだわ、その人よ、あすこにも、確にラっていう字があったんですもの――本当に家へなんか来るの? かあさん、本当?」