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さかやのよにげ
酒屋の夜逃げ
山本 周五郎
「講談倶楽部 第十巻第一号別冊」大日本雄辯會講談社、1958(昭和33)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,874 字 · 4 页
こういう題をみると、人びと――少なくとも酒呑みに属する人びとは膝を乗り出すだろうと思う。
嘘ではない。こちらが勘定を溜めたあげく、面目なさに逃げたのではなく勘定を溜められた側の、すなわち債権者であるところの酒屋のほうで夜逃げをしたのである。
もちろん、約二十年まえ、大森の馬込にいた頃のことで、その酒屋は「三河屋」といい、聞くところによると、当時その付近に住んでいた作家や画家諸氏がずっとひいきにしていたようであった。
その三河屋のまえ、私が馬込で初めて家を持ったときは「大和屋」という酒屋が来ていた。これは馬込での出世がしらだと今井達夫が言っていたし、天神坂という坂の下の、小さなバラック建ての店にもかかわらず、電話を持っていた。ところが、私のところへ来るじぶんには、出世がしらという概念からは遠く、すでに左前になっていたものでしょう。小僧もいなくなって自分で御用聞きに来るのであるが、鼻唄をうたいながら勝手口まで来て、その唄が終るまでは戸口の外に立っているのである。なになにがどうとかして、泣いてくれるなよー、とうたい終るまで立っており、それから初めて「ちわあ」