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しゅうぶん
醜聞
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1964(昭和39)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,900 字 · 46 页
と堀は云った、「同じ宿に四十がらみで独り者の女がいまして、その女と出奔したのだそうです。それを聞いておさいという女は、あとを追いかけるつもりだったのでしょう、酔った躯で駆けだそうとし、土間へ転げ落ちたまま動かなくなった、宿の者がすぐに医者を呼んだところ、もう絶息していたし、脳卒中という診断だったそうです」
宿賃も溜っていたが、こういう出来事は木賃旅籠などでは珍らしいことではなく、同宿の客たちも哀れがって手を貸し、西目寺の無縁墓へ埋葬した、ということであった。
堀三左衛門が帰ってから、功兵衛は火桶に手をかざしたまま、ながいこともの思いにとらわれていた。これでおれは安全になった、他の女と出奔したのだから、もう吾平のあらわれる心配もないだろう、おれはまったく安全になった。繰返しそう思いながら、躯じゅうの力がぬけてしまったようにだるく、気持はみじめに暗くふさがれていた。
「可哀そうな女だ」と口の中で彼は囁いた、「自分の思うままに生きたように考えながら、実際にはなんの得もせず、たのしいくらしもできなかったろう、生れた土地へ帰っても、身を売るか乞食をしなければ生きてゆけなかった、そのうえに男は、ほかの女と逃げだしてしまったという、――そのときさくらはどんな気持だったろうか」