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しゅうぶん
醜聞
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1964(昭和39)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,900 字 · 46 页
あなたは人間であるまえに侍だった、というさくらの言葉が、耳の奥にまざまざとよみがえってき、彼はつよく眼をつむって、頭を左右に振った。
――おれがもう少し人間らしく、人を劬る気持を知っていたら、さくらの生涯も変っていたかもしれない。
家扶の吉川が、寝間の用意のできたことを告げに来た。火桶の火はもう灰になっていたが、功兵衛は用心ぶかく灰をかぶせ、立ちあがって妻の寝間を覗いた。ふじは眠っていたらしい、彼が側へ寄ると眼をさまし、審かしそうにまばたきをした。
「起こすつもりはなかったんだよ」と功兵衛は囁き声で云った、「気分はどうだ」
ふじははっきり眼がさめたのだろう、慌てて起きあがろうとしたが、功兵衛は押し止めて、妻の手を求めた。ふじの手指はやわらかくあたたかであった。
「明日から起きるようにと、せきに云われました、寝てばかりいてもよくないのだそうです」せきとは家扶の妻女である、「――あなたに御不自由をおさせ申して済みません、どうぞ堪忍して下さいまし」
「私に不自由なことなどはない」功兵衛は妻の手を撫でながら云った、「いまは丈夫な子を産むことが、おまえのたった一つの仕事だ、わがままを云っていいんだよ」