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じゅうきちひょうりゅうきぶん
重吉漂流紀聞
久生 十蘭
「小説公園」1952(昭和27)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,456 字 · 52 页
。
一町ほど行ってから振返ると、この二年の間、命を託してきたその船があわれなようすで波の上に浮んでいる。いつかは乗捨てにするほかはないのだけれども、親兄弟にでも別れるようで情けなくてならない。振返って泣き、涙を拭いては振返っているうちに、端舟はいつか大船の下に着いていた。
梯子を伝って広々とした甲板へ上がると、案内の異人は音七と半兵衛を舳のほうへやり、重吉一人だけを艫の大きな部屋へ連れて行った。
部屋の真中に大きな卓があって、そのむこうに羅紗の服をいかめしく着こなした船頭とも見えるひとが掛けている。さっきの異人に負けず劣らずの大兵で、肩などは巌のように盛りあがり、首筋はあくまでも赤く、まるで蘇芳を塗ったようであった。モジャモジャした毛虫眉の下にいかつい眼があって、とんと睨みつけているよう。身体のこなしはいったいに武張っていて、こちらにたいする構えはひどく威丈高に感じられた。このひとはベケットという船頭で、さきほどのひとはエベットという書役であった。
いっこうに勝手がわからないので、重吉は両手を膝へさげてかしこまっていると、船長は存外な優しさで床几に掛けさせたうえ、卓の上に大袈裟な地図をひろげてなにか問いだした。