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じゅうきちひょうりゅうきぶん
重吉漂流紀聞
久生 十蘭
「小説公園」1952(昭和27)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,456 字 · 52 页
シトカの港に四十日ばかりいて交易をすませ、丈二十尺、幅四尺ばかりの丸木舟を一艘積込み、八月のはじめに船を出した。奉行は娘達を連れて船まで見送りに来て息子にでも別れるような愁嘆をみせた。
風の都合がよく、船は日に百里ほどずつも走ったが、真南に下るものかと思いのほか、西寄りのほうへばかり行く。ある日、重吉がたずねるとベケットは、
「いかにも、この船は西南西に向って走っている。一日ごとに日本に近くなるのは、お前らにとってもさぞ嬉しいことであろう」
と、いかつい笑顔でいたわるようにうなずいてみせた。
これから西へ五千里のところにあるロシア領カムサッカという国は、日本との交通がひらけているから、そこまで送ってやれば本土に帰りつく便宜もあろう。いけなければ船はエベットを仮船頭にして広東へやり、おれはお前らといっしょにカムサッカで越冬し、翌春、奥蝦夷(千島)へ下るロシア船をみつけ、なんとしても帰国の本願を貫かしてやるつもり。シトカで買い入れた丸木舟はつまりはお前らが奥蝦夷の岸まで漕ぎ寄せるためのものであるといい、
「難船の人を救いとった上は、その者らが、本国の土を踏むところまで見届けるのが、われらの義務である」