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ななこ
野菊の墓
伊藤 左千夫
伊藤左千夫『野菊の墓』。同一底本的分册已合并为一书。收入:奈々子、隣の嫁、春の潮。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,271 字 · 144 页
桑を摘んでか茶を摘んでか、笊を抱えた男女三、四人、一隅の森から現われて済福寺の前へ降りてくる。
お千代は北の幸谷なる里方へ帰り、省作とおとよは湖畔の一旅亭に投宿したのである。
首を振ることもできないように、身にさし迫った苦しき問題に悩みつつあった二人が、その悩みを忘れてここに一夕の緩和を得た。嵐を免れて港に入りし船のごとく、激つ早瀬の水が、僅かなる岩間の淀みに、余裕を示すがごとく、二人はここに一夕の余裕を得た。
余裕をもって満たされたる人は、想うにかえって余裕の趣味を解せぬのであろう。余裕なき境遇にある人が、僅かに余裕を発見した時に、初めて余裕の趣味を適切に感ずることができる。
一風呂の浴みに二人は今日の疲れをいやし、二階の表に立って、別天地の幽邃に対した、温良な青年清秀な佳人、今は決してあわれなかわいそうな二人ではない。
人は身に余裕を覚ゆる時、考えは必ずわれを離れる。
「おとよさんちょっとえい景色ねい、おりて見ましょうか、向うの方からこっちを見たら、またきっと面白いよ」
「そうですねい、わたしもそう思うわ、早くおりて見ましょう、日のくれないうちに」