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ななこ

野菊の墓

伊藤 左千夫

伊藤左千夫『野菊の墓』。同一底本的分册已合并为一书。收入:奈々子、隣の嫁、春の潮。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,271 字 · 144 页

青空文庫

省作はようやくのこと、いやだいやだと口の底で言いつつ便所を出たけれど、もしも省作がおとよさんにあって、おとよさんのあの力ある面つきで何とか言い出されたら、省作がいま口の底でいう、いやだいやだなんぞは、手のひらの塵を吹くより軽く飛んでしまいそうだ。省作は知らず知らずため息が出る。

省作が自分の座へ帰ってくると、おはまはじいっと省作の顔を見て何か言いたそうにする。省作はあわてて、

「はま公、芋の残りはないか。芋がたべたい」

「ありますよ」

「それじゃとってくろ」

それから省作はろくろく繩もなわず、芋を食ったり猫をおい回したり、用もないに家のまわりを回って見たりして、わずかに心のもしゃくしゃを紛らかした。

四

夕飯が終えるとお祖母さんは風気だとかで寝てしもた。背戸山の竹に雨の音がする。しずくの音がしとしとと聞こえる。その竹山ごしに隣のお袋の声だ。

「となりの旦那あ、湯があきましたよ」

「はあえ――」

おはまが竈屋から答える。兄夫婦は湯に呼ばれていった。省作は小座敷へはいって今日の新聞を見る。小説と雑報とはどうかこうか読めた。それから源氏物語を読んだが読めればこそ、一行も意義を解しては読めない。