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はまぎく
野菊の墓
伊藤 左千夫
伊藤左千夫『野菊の墓』。同一底本的分册已合并为一书。收入:浜菊、守の家。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,907 字 · 29 页
と又独言ちた。そんな事で、却て岡村はどうしたろうとも思わないでいる所へ、蚊帳の釣手の鐶をちゃりちゃり音をさせ、岡村は細君を先きにして夜の物を運んで来た。予は身を起して之を戸口に迎え、
「夜更にとんだ御厄介ですなア。君一向蚊は居らん様じゃないか。東京から見るとここは余程涼しいなア」
「ウン今夜は少し涼しい。これでも蚊帳なしという訳にはいかんよ。戸を締めると出るからな」
細君は帰って終う。岡村が蚊帳を釣ってくれる。予は自ら蒲団を延べた。二人は蚊帳の外で、暫く東京なる旧友の噂をする、それも一通りの消息を語るに過ぎなかった。「君疲れたろう、寝んでくれ給え」岡村はそういって、宿屋の帳附けが旅客の姓名を宿帳へ記入し、跡でお愛想に少許り世間話をして立去るような調子に去って終った。
予は彼が後姿を見送って、彼が人間としての変化を今更の如くに気づいた。若い時代の情熱などいうもの今の彼には全く無いのだ。旧友の名は覚えて居っても、旧友としての感情は恐らく彼には消えて居よう。手っとり早く云えば、彼は全く書生気質が抜け尽して居るのだ。普通な人間の親父になって居たのだ。
やれやれそうであった、旧友として訪問したのも間違っていた。