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はまぎく

野菊の墓

伊藤 左千夫

伊藤左千夫『野菊の墓』。同一底本的分册已合并为一书。收入:浜菊、守の家。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,907 字 · 29 页

青空文庫

厄介に思われて腹を立てたも考えがなかった。予はこう思うて胸のとどこおりが一切解けて終った。同時に旧友なる彼が野心なき幸福を悦んだ。

欲を云えば際限がない。誰にも彼にも非常人的精進行為を続けて行けと望むは無理である。子を作り、財を貯え、安逸なる一町民となるも、また人生の理想であると見られぬことはない。普通な人間の親父なる彼が境涯を哀れに思うなどは、出過ぎた料簡じゃあるまいか。まずまず寝ることだと、予は雨戸を閉めようとして、外の空気の爽かさを感じ、又暫く戸口に立った。

風は和いだ。曇っては居るが月が上ったと見え、雲がほんのり白らんで、朧気に庭の様子が判る。狭い庭で軒に迫る木立の匂い、苔の匂い、予は現実を忘るるばかりに、よくは見えない庭を見るとはなしに見入った。

北海の波の音、絶えず物の崩るる様な響、遠く家を離れてるという感情が突如として胸に湧く。母屋の方では咳一つするものもない。世間一体も寂然と眠に入った。予は何分寝ようという気にならない。空腹なる人の未だ食事をとり得ない時の如く、痛く物足らぬ心の弱りに落ちつくことが出来ぬのである。

元気のない哀れな車夫が思い出される。