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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

04 槍祭夏の夜話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,085 字 · 21 页

青空文庫

河原を過ぎて大川、山王権現の森を左に望むころから、一人の若い女が後になり前になり自分を尾けているのに、与惣次は気が付いたのである。町家の新造のような、それでいて寺侍の内所のようなちょっと為体の知れない風俗だったが、どっちにしてもあまり裕福な生活の者とは踏めなかった。それが、さして気にも留めずに歩いていた与惣次も、中村町へはいろうとする月桂寺の前で背後から呼ぶ声に振り向いた時には、世にも稀なその女の美貌にまず驚いたのだった。

女は道に迷っていた。三川島へ出る道を中腰を屈めて訊く白い襟足、軽い浮気心も手伝ってか、与惣次はきさくに呑み込んで、

「ようがす。送って進ぜやしょう。」

とばかり、天王の生垣に沿うて金杉下町、真光寺の横から町屋村の方へ、彼は女を伴れて九十九折に曲って行った。

水田続きに寮まがいの控屋敷が多い。石川日向様は横に長くて、この一構が通りを距てて宗対馬守と大関信濃守の二棟に当る。出外れると加藤大蔵、それから先は畦のような一本路が観音浄正の二山へ走って、三川島村の空遠く道灌山の杉が夜の幕にこんもりと――。

野菊、夏菊、月見草、足にかかる早露を踏みしだいて、二人は黙って歩を拾った。