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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
05 お茶漬音頭
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,874 字 · 20 页
高がいささか羽目の緩んだ流し者風情の小唄、取り上げてかれこれ言うがものもあるまいと、近江屋では初めのうちは相手にならずに居はいたもののこっちはこれですむとしても、それではすまないという理由はそこに世間の口の端と申すうるさい扉無しの関所がある。近江屋はあわて出した。
慌てて追っても去りはしない、お捻りを献ずれば、じろりと流眄に見るばかり、また一段と声張り揚げて、
「うらみ数え日
家蔵とられた
仇敵に近江屋――
あれ、よしこの何だえ
お茶漬さらさら」
近江屋はほとほと困じ果ててしまった。
これが毎日のことだった。お艶の唄うのはお茶漬音頭のこの文句にきまっていた。立つところは近江屋の前に限られていた。そして、それが物の十月近くも続いたのである。
上り込んで動かないというのでもないし、それに狂気女の根無し言だから、表沙汰にするのも大人気ないとあって、近江屋は出るところへも出られず、見て見ぬ振り、聞いて聞かぬ心で持てあましているうちに、お艶は誰彼の差別なく行人の袂を押えてはこんなことを口走るようになった。
「あれ、見しゃんせ。この近江屋さんは妾の店でござんす。なに、証文? そんな物は知りんせんが、家屋敷なら三つ並ぶ土蔵の構え、暖簾から地所まで全部抜いて奪られました。