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どん・こん・ろく
鈍・根・録
宮本 百合子
「改造」1934(昭和9)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,159 字 · 9 页
と云った。
母は多病であったばかりでなく、娘であるわたしが屡々、世間のあたり前の女親が娘に対して示す具体的な情愛について自分の経験とは対蹠的なものとして考えたことがあるような独特な性格をもって、一家の真中に構え、生活していた。
夫婦なかのよい義妹が何かの話のとき、
「ゆうべ、また例のようでね。お父様が、お母様に、お前なぜ一昨年病気したときに死んでしまわなかったのだと云って、涙をおこぼしになったのよ」
とおだやかな口調で云い、云い終るときっと唇を締め、身じろぎをせず私の顔を見つめたことがあった。出かける前か何かで立ったままきいていたわたしは、そのとき、
「ふーむ」
とより答えようがなかった。母が子等とだけ老後を送らなければならなくなったら、それは皆の不幸であろうとわたしが日頃思っていた根柢には、経済的に母が貧乏になることのほか、母自身の特色ある性格が大きい原因となっていたのであった。
母とわたしは、女対女の関係で暮して来、生活態度の上でどちらも徹底した譲歩というものはしなかった。
一九二八年八月自分がレーニングラードにいた時、二十一歳であった次弟が自殺をしてから、母は、その弟の短い生涯と死に対して自分などから見ると殆ど恐るべき影響を与えた非現実的な熱情の中へ、一層傍目もふらずおちこんでしまった。