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かなづち

鉄鎚

夢野 久作

「新青年」1929(昭和4)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,659 字 · 62 页

青空文庫

私は、それから後、殆んど毎日のように電話をかけて来る彼女の命令のまにまに、店を仕舞うとすぐに身じまいをして、隣家の裏口から抜け出して、そこいらで待ち合わせている彼女と肩を並べながら夜の街々を散歩するようになった。生れて初めての背広服を派手な格子縞で作らせられたのはその時であった。カンガルーとエナメルの高価い靴を買わされたのも同時であった。帽子もゴルフ用の鳥打ちや、ビバや、お釜帽を次から次に冠らせられた。それにつれて本箱の抽斗しに突込んだままになっていた皺苦茶の紙幣や銀貨の棒がズンズンと減って行った。

私と彼女とが同じ家に這入る事は殆んど稀であった。彼女は、F市内の到る処に在る密会の場所を知っているかのように、いつも意外千万な処へ私を引っぱり込むことが次第に私を驚かし初めた。牡蠣船だの、支那料理屋の二階だの、海岸の空別荘だの、煙草屋の裏座敷だの……その中でも特に舌を捲いたのは、まだ明るいうちに或る大きな私立病院の玄関から、見舞人のような態度で上り込んで、奥の方に空いていた特等病室の藁蒲団の上に落ち付いた時であった。その時に彼女は今までにない高い情熱に駆られたらしく、蝋のように青褪めた中から潤んだ眼を一パイに見開きつつ、白い歯を誇らし気に光らして見せたのであったが、そうした彼女の嬌態を、ポケットに両手を突込ん