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かなづち
鉄鎚
夢野 久作
「新青年」1929(昭和4)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,659 字 · 62 页
だまま見下しているうちに、私はフト、形容の出来ないヒイヤリとした気持ちになった。
……この女は、こうした思い切った遊戯の刺戟によって、自分自身の美をあらゆる深刻な色彩に燃え立たせ得る術を心得ている。そうして異性の弱点をあらゆる方向から蠱惑しつつ、その生血を最後の一滴まで吸いつくすのを唯一の使命とし、無上の誇りとし、最高の愉楽と心得ている女である。
……叔父が彼女から逃げまわるようになったのも、こうした彼女のプライドに敵しかねたからである……。
……彼女は暗黒の現実世界に存在する、底無しの陥穽である……最も暗黒な……最も戦慄すべき……。
……陥穽と知りつつ陥らずにはいられない……。
というような感じが、みるみるハッキリして来たので……。
……けれども亦、一方に伊奈子には案外神経質な、用心深いところも、あるにはあった。彼女が私を引っぱり出してこんな事をして遊びまわるのは、叔父の待合に入浸っているか、又は旅行している間に限っていたので、公園前の自宅に私を引っぱり込むような事は絶対にしなかった。伊奈子のそうした態度の中には、男の嫉妬というものが如何に恐ろしいかを知っている気持ちがハッキリと現われていた。