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ぎんさんじゅうまい

銀三十枚

国枝 史郎

「新青年」1926(大正15)年3月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,863 字 · 73 页

青空文庫

今が大事な時なんだからな。せっかくの空想が塞がれてしまう」

「それが一番困りますわね」

彼女は熱心に考え込んだ。

大方の芸術家がそうであるように、一面私は神経質で、他面私は放胆であった。又一面洒落者で他面著しく物臭であった。宿命的病気に取っ付かれて以来、その程度が烈しくなった。この病気の特徴として、いつも精神が興奮した。

だが私は私の病気を、祝福したいような時もあった。「空想」が奔馳して来るからであった。本来私という人間は、空想的の人間であった。空想には不自由しなかった。それが病気になって以来、その量が一層増したらしい。空で行なわれているエーテルの建築! それを破壊する電子の群れ! そんなものが私には、「見える」のであった。だがまだ私は霊媒ではなかった。しかし早晩なるだろう。他界の消息、黄泉の通信、幽霊達の訴言、そういうものだって知ることが出来よう。

物を書きながら苦しむことがあった。後から後からと空想が、駈け足で追っかけて来るからであった。文字にして原稿紙へ書き取る暇さえ、ゆっくり与えてはくれないからであった。そんな時私はゴロリと寝た。動悸の烈しい心臓を抑え、空想の駈け抜けるのを待つのであった。