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ぎんさんじゅうまい

銀三十枚

国枝 史郎

「新青年」1926(大正15)年3月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,863 字 · 73 页

青空文庫

夫人よ是非ともお雇いなさい。そうしたら私は献立を命ずる『安眠』という献立をね」

私は安眠さえ得られなかった。

「助けて下さい! 助けて下さい!」

依然として救いを求めていた。

救ってくれるものがあるだろうか?

あれば彼だ! 基督だ! だが現代の基督は、どんな姿で現われるだろう?

私は漸時皮肉になった。私は漸時忍従的になった。だがいつも脅かされていた。

「きゃつは詐欺師だ、殺人犯ではない。五年か十年、刑期さえ終えたら、出獄するに相違ない。取りに来るぞ、銀三十枚! どうしたらいいのだ。返すことは出来ない! 彼女はその間に使ってしまうだろう」

だが人間というものは、そのドン底まで追い詰められると、反動的勇気に駈られるものであった。ある日私は自分へ云った。

「基督を求めるには及ばない。他力本願は卑怯者の手段だ。自分のことは自分でするがいい」

で私はすることにした。

そこで私は「左様なら」と云った。

直接彼女へ云ったのではなかった。泥沼の生活へ云ったのであった。

そうして「左様なら」を実行した。大した勇気もいらなかった。ほんの簡単に実行された。

何にも持たずに家出をし、お城近くの安下宿へ、私は下宿をしたのであった。