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ぎんさんじゅうまい

銀三十枚

国枝 史郎

「新青年」1926(大正15)年3月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,863 字 · 73 页

青空文庫

こうして彼女の家の前へ立った。門を入り玄関へかかった。

「案内を乞うにも及ぶまい」――で私は上って行った。

書斎の扉が開いていた。

大きく茫然と眼を見開き、――白昼に夢を見ているような、特殊な顔を窓の方へ向け、彼女が寝椅子に腰かけていた。

私は書斎へ入って行った。彼女の横へ腰を掛けた。しばらくの間黙っていた。

沈黙が部屋を占領した。

黙っていることは出来なかった。私は厳粛に彼女へ訊いた。

「話しておくれ。ねどうぞ。信じていいのかね、あの人の言葉を? 私はあの人に逢ったのだよ」

だが彼女は黙っていた。ただ弛そうに身を動かした。非常に疲労ているらしかった。

私は厳粛にもう一度訊いた。

「あの高価な白金は、お前の物になったんだね。それを信じていいのだね?」

すると彼女は頷いた。それから私の手を取った。彼女の両手は熱かった。そうして劇しく顫えていた。彼女の咽喉が音を立てた。どうやら固唾を飲んだらしい。

私はその手を静かに放し、書斎を抜けて玄関へ出た。

「やっぱりいけない。この家は」

私は門から外へ出た。

「彼女は一層悪くなった。……嬉しさに心を取り乱している。そいつが移ってはたまらない」