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ぎんざアルプス
銀座アルプス
寺田 寅彦
「中央公論」1933(昭和8)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,830 字 · 26 页
足もとの土でさえ、舗装の人造石やアスファルトの下に埋もれてしまっているのに、何をなつかしむともなく、尾張町のあたりをさまよっては、昔の夢のありかを捜すような思いがするのである。
谷中の寺の下宿はこの上もなく暗く陰気な生活であった。土曜日に尾張町へ泊まりに行くと明るくて暖かでにぎやか過ぎて神経が疲れたが、谷中へ帰るとまた暗く、寒く、どうかすると寒の雨降る夜中ごろにみかん箱のようなものに赤ん坊のなきがらを収めたさびしいお弔いが来たりした。こういう墓穴のような世界で難行苦行の六日を過ごした後に出て見た尾張町の夜の灯は世にも美しく見えないわけに行かなかったであろう。今日いわゆるギンブラをする人々の心はさまざまであろうが、そういう人々の中の多くの人の心持ちには、やはり三十年前の自分のそれに似たものがあるかもしれない。みんな心の中に何かしらある名状し難い空虚を感じている。銀座の舗道を歩いたらその空虚が満たされそうな気がして出かける。ちょっとした買い物でもしたり、一杯の熱いコーヒーでも飲めば、一時だけでもそれが満たされたような気がする。しかしそんなことでなかなか満たされるはずの空虚ではないので、帰るが早いか、またすぐに光の町が恋しくなるであろう。