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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
私は徹頭徹尾受け身で、働きかけるのはいつも夫の方であり、ひとえに夫自身の不摂生が今日の結果を招いたのであると、児玉さんは思い込んでいるのである)夫にしてみれば、すべては妻を喜ばすのが目的でこういう風になったのであると云うでもあろう。それを私も否定するつもりはないが、私は私で、どこまでも夫に忠実な妻として仕えて来、夫を喜ばすためには随分忍びがたいことをも忍んで来たのである。敏子に云わせれば「ママは貞女の亀鑑」なのだそうで、取りようによってはそうも云えなくはないと思う。………が、まあ、どっちがよいの悪いのと今さら責任のなすり合いをしたところでしょうがない。要するに夫も私も、互いが互いを嗾け合い、唆かし合い、鎬を削り合い、どうにもならない勢いに駆られて夢中でここまで来てしまったのである。………
ここで私はこんなことを書いてよいか悪いか、夫がこれを読んだ場合にどんな結果になるか分らないが、体の工合が寒心すべき状態にあるのは夫ばかりでなく、実は私もほぼ同様であることを書きとめておこうと思う。私がそれを感じたのは今年の正月末頃からであった。もっとも前に、敏子が十ぐらいの時に二三度喀血した経験があり、肺結核の症状が二期に及んでいると云われ、医師に注意を促がされたことがあったが、案ずるほどのこともなく自然に治癒してしまっ