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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
―――そのくせ夫はいつも私の無言の挑みを見逃さず、私の示すほんの僅かな意志表示にも敏感で、直ちにそれと察しるのである。それはあるいは、私の頻繁過ぎる要求に絶えず戦々兢々としている結果、かえってそんな風になるのかも知れない。―――私は実利一点張りで、情味がないのだそうである。僕がお前を愛している半分も、お前は僕を愛していないと、夫は云う。お前は僕を単なる必要品としか、―――それも極めて不完全な必要品としか考えていない、お前がほんとうに僕を愛しているなら、もっと熱情があってもよいはずだ、いかなる僕の註文にも応じてくれるはずだと云う。僕が十分にお前を満足させ得ない一半の責めはお前にある、お前がもっと僕の熱情をかき立てるようにしてくれれば、僕だってこんなに無力ではない、お前は一向そういう努力をしようとせず、自ら進んでその仕事に僕と協力してくれない、お前は食いしんぼうの癖に手を拱いて据え膳の箸を取ることばかり考えていると云い、私を冷血動物で意地の悪い女だとさえ云う。
夫が私をそういう眼で見るのも一往無理のないところがある。だけど私は、女というものはどんな場合にも受け身であるべきもの、男に対して自分の方から能動的に働きかけてはならないもの、という風に、昔気質の親たちからしつけられて来たのである。