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かぎ

鍵

谷崎 潤一郎

「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页

青空文庫

小池さんは病人の膳を台所へ運んだついでに茶の間で自分の食事を済ませ、十時頃病室に戻る。そして、黙って病人の腕へルミナールを射そうとする。「何の注射?」と、病人が尋ねる。午前中のこの時刻に注射されたことがないので、不審を抱いたらしいのである。「まだ血壓が少しお高いようですから、下げる注射をするのでございます」と、小池さんが答える。

午後一時児玉さん来診。二時半頃から病人が鼾を掻き出したのを見て、私は二階へ上る。が、五時に下りて来てみると、もう鼾ごえが止んでいる。小池さんに聞くと、ほんとうに熟睡したのは一時間足らずで、それからは夢うつつの境を彷徨しつつあるように見えたと云う。やはり睡眠剤を飲んでも夜間のようには寝られないらしい。夕食後二回目の注射をする。………

きっちり十一時、庭に足音を聞く。………

四月二十四日。………発病以来今日が二度目の日曜である。朝から見舞客が二三人見える。いずれも上らずに帰って貰う。………児玉さん本日は来診せず。病人は格別の変化なし。二時頃から敏子が来る。彼女はこのところ毎日夕刻から来て、二三時間病室に詰めるようにしていたのに、今日は珍しく昼間から出て来た。