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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
………ソレカラ何時間後デアッタカ、マタ違ッタ夢ヲ見テイタ。最初ハ木村ガ裸体ノママデ立ッテイルヨウニ思エタガ、胴カラ生エテイル首ガ、木村ニナッタリ僕ニナッタリ、木村ノ首ト僕ノ首トガ一ツ胴カラ生エタリシテ、ソノ全体ガマタ二重ニ見エタ。………
三月二十六日。………これで夫のいない所で木村さんに逢うことが三回に及んだ。昨夜はあの床の間に、まだ栓を開けてない新しいクルボアジエの罎が置いてあった。「あなたが買うて来たの」と云うと、「私知らない」と、敏子が否定した。「昨日外から帰って来たらこの罎が置いてあったのよ。木村さんがお届けになったのかと思っていたわ」と敏子は云ったが、「僕は知りません」と木村さんも云った。「先生ですよ、きっと。僕はそうだと思いますね。意味深重ないたずらですな」「パパだとしたら随分皮肉ね」―――二人はそんな風に云い合っていた。夫がこっそり投げ込んで行ったと考えるのが、一番ありそうなことのように思えるけれども、ほんとうのところは私には分らない。敏子か木村さんか、どちらかが買って来たと考えることも、決してなさそうなことではない。水曜日と金曜日はマダムが大阪へ教えに行く日で、帰りが十一時になるのである。