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かぎ

鍵

谷崎 潤一郎

「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页

青空文庫

この間の晩も、敏子はブランデーが始まると、ほどよい所で消えてなくなって、マダムの部屋にはいり込んでいたのだが、(このことを書くのは始めてである。夫に誤解されることを恐れて差控えていたのであるが、もうその必要もなさそうに思う)昨夜もかなり早くから見えなくなっていて、マダムが帰宅してからもまだしばらく母屋で話し込んでいた。私は意識を失ってから後のことはよく分らない。しかしどんなに酔っていたとしても、最後の最後の一線だけは昨夜も強固に守り通したと思っている。自分にはいまだにそれを蹈み越える勇気はないし、木村さんだって同様であると信じる。木村さんはそう云った、―――ポーラロイドという写真器を、先生に貸して上げたのは僕です。それは先生が、奥さんを酔わして裸になさりたがる癖があることを知ったからです。しかるに先生はポーラロイドでは満足できないで、イコンを使って写すようになりました。それは奥さんの肉体を細部に亙って見極めたいという目的からでもあったでしょうが、それよりも、真の狙いは僕を苦しめることにあったのだと思います。僕に現像の役を負わせて、僕をできるだけ興奮させ、誘惑に堪えられるだけ堪えさせて、そこに快感を見出しているのだと思います。