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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
―――私が云った、―――私はあなたと二人きりでこんな話をすることは今が始めてです。いや誰とでも、夫とでも、こんな話を一度もしたことはありません。あなたと私との関係についても、夫はあまり聞こうとはしません。聞くのが恐ろしくもあるのでしょうし、今もなお私の貞操を信じていたいからなのでしょう。私も自分の貞操を信じたいのですけれども、信じても差支えないのでしょうね、それに答えることができるのは木村さんだけです。―――お信じ下さい、と、木村さんが云った、―――僕は奥さんの肉体のあらゆる部分に触れています、ただ一箇所だけ大切な部分を除いては。先生は紙一重のところまで僕を奥さんに接着させようとするのですから、僕はその意を体して、それを犯さない範囲で奥さんに近づいたのです。―――あゝ、それで安心しましたと、私は云った、―――それまでにして私の貞節を完うさせて下さるのを有難く思います。木村さんは、私が夫を憎んでいると云われましたが、憎む一面に愛していることも事実です。憎めば憎むほど愛情も募って来ます。あの人は、あなたというものを間に入れ、ああいう風にあなたを苦しませなければ情慾が燃え上らない、それも結局は私を歓喜させるためだと思えば、私はいよいよあの人に背くことができなくなります。