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うし

鎧櫃の血

岡本 綺堂

岡本綺堂『鎧櫃の血』。同一底本的分册已合并为一书。收入:牛、鯉、虎、鼠、夢のお七、魚妖。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,702 字 · 99 页

青空文庫

それから二、三日の後に、山口屋の主人がひとりの友達を連れて来た。かれの口癖で、門をくぐると直ぐに訊いた。

「どうだい。筋のいいのがあるかね。」

「めっぽう荒いのがございます。」と、亭主は日本橋でかの大うなぎを発見したことを報告した。

「それはありがたい。すぐに焼いて貰おう。」

ふたりの客は上機嫌で二階へ通った。待ち設けていたことであるから、亭主は生簀からまず一匹の大うなぎをつかみ出して、すぐにそれを裂こうとすると、多年仕馴れた業であるのに、どうしたあやまちか彼は鰻錐で左の手をしたたかに突き貫いた。

「これはいけない。おまえ代って裂いてくれ。」

かれは血の滴る手をかかえて引っ込んだので、吉次郎は入れ代って俎板にむかって、いつもの通りに裂こうとすると、その鰻は蛇のようにかれの手へきりきりとからみ付いて、脈の通わなくなるほどに強く締めたので、左の片手はしびれるばかりに痛んで来た。吉次郎もおどろいて少しくその手をひこうとすると、うなぎは更にその尾をそらして、かれの脾腹を強く打ったので、これも息が止まるかと思うほどの痛みを感じた。重ねがさねの難儀に吉次郎も途方にくれたが、人を呼ぶのもさすがに恥かしいと思ったので、一生懸命に大うなぎをつかみながら、小声でかれに言いきかせた。