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おかめ

阿亀

豊島 与志雄

「文芸春秋」1925(大正14)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,900 字 · 14 页

青空文庫

お久の方を偸み見ると、斜め向う向きに、束髪の大きな鼈甲ピンをつんとさして、固くなって控えている。

――ふん、何だい。

何がともなく癪にさわるので、木谷に代ってキューを手にした。が固より、初歩の域をいくらも脱しない腕前だったし、当りのよい筈はなかった。それに、相手の中年の男が、特別に落着払っていた。日焼けではなく元来の肌色らしい色黒の男で、狭い額のあたりが一際黒くて、憂鬱な影を湛えてるように見え、小さい円い眼がきょとんと黒ずんでいて、少し長すぎるらしい両腕を、蟹の足みたいに曲げる癖があって、その全体の感じに、ロシア的な薄暗い影がこもっていた。にも拘らず、頬の肉はいつも笑みを刻んでいる。

その男の、全体の陰鬱な感じと、穏かな微笑とが、別々になって僕に働きかけてきた。その上、向うにお久が澄しこんでることも、始終意識にひっかかってきた。それを、がむしゃらに押しきって、強いばら球ばかりを撞いてやった。

一回負けて、二回目にはいった時、他方の台の青年は、ゲームを止して帰りかけた。

「行こう。」

そういう言葉が耳についたので、ちらと見やると、青年のうちの一人が、お久と連れ立って出て行こうとしていた。