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いんえいらいさん

陰翳礼讃

谷崎 潤一郎

「経済往来」1933(昭和8)年12月号、1934(昭和9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,020 字 · 61 页

青空文庫

それはなぜかと云うと、色白な児では白と赤との対照があまり刻明である結果、能衣裳の暗く沈んだ色調には少し効果が強過ぎるが、色の黒い児の暗褐色の頬であると、赤がそれほど際立たないで、衣裳と顔とが互に照りはえる。渋い緑と、渋い茶と、二つの間色が映り合って、黄色人種の肌がいかにもその所を得、今更のように人目を惹く。私は色の調和が作り出すかくの如き美が他にあるを知らないが、もし能楽が歌舞伎のように近代の照明を用いたとしたら、それらの美感は悉くどぎつい光線のために飛び散ってしまうであろう。さればその舞台を昔ながらの暗さに任してあるのは、必然の約束に従っている訳であって、建物なども古ければ古い程いゝ。床が自然のつやを帯びて柱や鏡板などが黒光りに光り、梁から軒先の闇が大きな吊り鐘を伏せたように役者の頭上へ蔽いかぶさっている舞台、そういう場所が最も適しているのであって、その点から云えば近頃能楽が朝日会館や公会堂へ進出するのは、結構なことに違いないけれども、そのほんとうの持ち味は半分以上失われていると思われる。

○

ところで、能に附き纏うそう云う暗さと、そこから生ずる美しさとは、今日でこそ舞台の上でしか見られない特殊な陰翳の世界であるが、昔はあれがさほど実生活とかけ離れたものではなかったであろう。