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めすについて

雌に就いて

太宰 治

「若草」1936(昭和11)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,994 字 · 11 页

青空文庫

いろはにほへと、一字一字原稿用紙に書き記す。」

「女は、おさきに、とうしろで挨拶をする。」

「ちりぬるをわか、と書いて、ゑひもせす、と書く。それから、原稿用紙を破る。」

「いよいよ、気ちがいじみて来たね。」

「仕方がないよ。」

「まだ寝ないのか?」

「風呂場へ行く。」

「すこし寒くなって来たからね。」

「それどころじゃない。軽い惑乱がはじまっているのだ。お湯に一時間くらい、阿呆みたいにつかっている。風呂から這い出るころには、ぼっとして、幽霊だ。部屋へ帰って来ると、女は、もう寝ている。枕もとに行燈の電気スタンドがついている。」

「女は、もう、ねむっているのか?」

「ねむっていない。目を、はっきりと、あいている。顔が蒼い。口をひきしめて、天井を見つめている。僕は、ねむり薬を呑んで、床へはいる。」

「女の?」

「そうじゃない。――寝てから五分くらいたって、僕は、そっと起きる。いや、むっくり起きあがる。」

「涙ぐんでいる。」

「いや、怒っている。立ったままで、ちらと女のほうを見る。女は蒲団の中でからだをかたくする。僕はその様を見て、なんの不足もなくなった。トランクから荷風の冷笑という本を取り出し、また床の中へはいる。