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ざつぶんてきざつぶん
雑文的雑文
伊丹 万作
「中央公論」1934(昭和9)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,835 字 · 18 页
その人がただちにその半音の狂いを訂正する人ならあるいは音楽監督を必要としないかもしれない。しかし訂正する人はめつたにいないはずである。自分では健全なつもりでいるが我々の耳は専門家からみればつんぼも同然のものである。
ところで現状の実際からみれば音響監督のことなど夢のような話で、ほとんど各社とも一つの作品に付随する音楽の全部を一晩か二晩で入れているありさまである。いいもわるいもない。選曲のはちの頭のといつているひまもない。何かしらん音が出ればそれで満足してうれしがつているのが現在の映画会社である。
さて今までは他人のことばかりいつてきたが今度はいよいよ監督の番である。大体において日本にはトーキー監督としてたいしたやつはいないという定評になつているようである。事私自身に関するかぎり、この定評には黙つて頭を下げても差支えないが、他の人々、たとえば伊藤大輔氏にしろ衣笠貞之助氏にしろ、また蒲田の島津保次郎氏にしろトーキー監督としてすぐれた人でないといえないと思う。
ともかく現在の機械的不備のなかであれだけの仕事をしたというだけでも私にとつてはまさしく驚異である。