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ざつぶんてきざつぶん

雑文的雑文

伊丹 万作

「中央公論」1934(昭和9)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,835 字 · 18 页

青空文庫

かくのごとく※(「にんべん+票」、第4水準2-1-84)悍無類の批評家の軍勢が一作いずるとみるやたちまち空をおおうて群りくるありさまはものすごいばかりである。それが思い思いにあるいは目の玉をえぐり、あるいは耳をちぎりあるいはへそを引き裂いて、もはや完膚なしと見るといつせいに引き揚げてさらに他の作に群つて行く状は凄愴とも何とも形容を絶した偉観である。

したがつて読物のほうは十や二十駄作の連発をやつてもたちまち生命に別条をきたすようなおそれはないが、映画のほうは三本続いて不評をこうむつたら気の毒ながら、もはや脈はないものと相場が決まつている。

次に純粋の映画脚本作家の不遇による、オリジナル・ストーリーの欠乏ということも一応問題にしなければなるまい。

北村小松、如月敏、山上伊太郎というような人たちはいずれも過去においては代表的な映画脚本作家であつたが、現在においては申し合わせたように転職あるいはそれに近いことをやつている。映画脚本作家は商売にならないからである。我々の体験からいつても映画脚本を一本書くのは監督を数本試みる労力に匹敵する。しかもむくいられる点は、監督にはるかにおよばないのだからとうていソロバンに合わない。